○○村事件と名づけられた一連の事件は、名前こそ単純なものの、歴史の教科書に無くてはならない事件として、人々の心に残った。
そしてこれは、その事件が起こってから一年後の話である…。

 
 
「そろそろ結婚したらどうだ?」
…父はそう言う。

「もうあの人のことは忘れなさいよ」
…母はそう言う。

忘れられるわけがなかった。
人生を共に過ごしていこうと考えていた相手は、一匹の犬と共に、死んでしまったのだ。
遺体も見つかっていない。
それも当然だ。
彼らは村1つ吹き飛ばす爆発に巻き込まれたのだから…。
 
 
彼女の心は空虚だった。
彼以外、誰もいらない…。
面影ばかりを追う生活は、次第に彼女の身体を蝕んでいった。

いっそのこと自分も死んでしまおうか…と考えないわけでもなかったが、彼がそんなことを望んでいないだろうと考えると、自らの命を絶つこともできない。
仕事も暫く休むことにした。
今の状態では、自衛隊の激務をこなすことはできない。
 
彼女は暇さえあれば、あの事件の跡地であるダムへと足を運んだ。
彼と最後に会ったのはここなのだ。
彼は…ここ以外のどこにもいない。
 
 
今日も一日、ダムがよく見える丘の中腹に座っていた。
涙など出ない。
頭の中では彼の思い出が何度もリプレイされ、思考がだんだん現実とは離れていく。
起きた瞬間のように、ボーっとしていた。

彼に会いに行こうか…。

ぼんやりとそんなことを考える。
死のうとは思ってなかった。
こうすることが、死ぬことになるなどとも、たいして意識してなかった。
これは彼に会う手段なのだ。
彼に会いたいだけなのだ。
 
 
彼女はいつの間にか、深い深いダムのふちにある堤防の上に立っていた。


↓哀歌さん

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